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JEWEL

JEWEL

浅葱色の若人達 1

「僕の将来の夢は、お医者さんになる事です!」
「わたしの夢は、弁護士になる事です!」

小学校の授業参観日でよくある、子供達が“将来の夢”についての作文をクラスで発表する光景。
それは、穏やかなものだった。
ある児童の番になるまでは。

「は~い、次は土方君の番ね!」
「僕は将来、警察官になって、悪人を一人残らずぶっ殺したいです!」

紫の瞳をキラキラと輝かせながらそんな物騒な内容の作文を発表したのは、警察一家の末っ子として生まれた土方歳三少年だった。

「もぅ、兄さんがトシに変な事を吹き込んだから、あんな作文をトシが書いちゃったじゃないの!」
「いいじゃねぇか、男は少しヤンチャな所があるのが愛嬌ってもんだ。」
「トシ、あんた何であんなの書いたのよ?」
「“好きな事書いてもいい”って、先生に言われたから・・」
「ははっ、だったら先生もお前ぇを責められねぇな!」
「笑い事じゃないわよ、もうっ!」

こうして土方家の夜は、楽しく更けていった。

「なぁ彦兄、俺警察官になれるかな?」
「あぁ、トシなら、絶対になれるさ。」
「本当!?」
「おうよ、何だってお前ぇは、あの父ちゃんの息子なんだから。」

そう言った彦次郎は、仏間に飾られているある人物の遺影を見つめた。

(なぁ隼人、てめぇの息子も、同じ道を歩みてぇだと。やっぱり、血は争わねぇな・・)

「彦兄?」
「さ、寝ようか。明日は朝から俺が剣道の稽古つけてやっからよ!」
「うん、お休み!」
「あぁ、お休み。」

あれから二十年余りの月日が経ち、歳三はあの作文に記した将来の夢の通り、警察官となった。

「お疲れ様で~す。」
「お疲れ~」
「おぅ土方さん、お疲れ!」

そう歳三に声を掛けたのは、警視庁組織犯罪課の、永倉新八だった。

「新八、また飲みに行くのか?」
「へへ、情報収集ってやつよ。土方さんも一緒に行くか?」
「いや、俺はいい。さっき大がかりな帳場が閉まったばかりでな。さっさと帰って風呂入って寝たいんだよ。」
「色気がねぇなぁ。土方さんが来たら夜のお姉ちゃんたちが俺に優しくなるんだぜ。」
「とか言っててめぇ、俺に酒代奢らせるつもりだろ?」
「チェ、バレたか。」
「お~い新八っつぁん、早く行こうぜ!」
「じゃぁな!」

(ったく、あいつらまた二日酔いする程飲むつもりだな・・)

歳三はそんな事を思いながら、自宅アパートのエントランスへと辿り着いた。

郵便ポストをチェックすると、差出人の氏名がない不審な郵便物が入っていた。
部屋に入った後、歳三は慎重に自分の指紋を残さないよう、ゴム手袋をつけてその郵便物の封を切った。
中には、血で汚れた腕時計と、一枚のメモが入っていた。
“このアドレスにアクセスしろ。”
メモに書かれたアドレスへとパソコンでアクセスすると、そこには、“殺人ミュージアム”という不気味なサイトだった。
“お前に贈った腕時計の持ち主は、今夜十二時に殺される。それまでに持ち主を特定して救出せよ。”

(ふざけやがって・・)

十二時まで、あと二時間しかない。
その時、歳三の携帯がけたたましく鳴った。

「もしもし?」
『トシ、俺だ・・』
「勝っちゃん、何でこんな時間に・・」

(まさか、この腕時計の持ち主は・・)

『済まない、悪い奴に捕まっちまった・・』

そう自分に詫びる親友の声の背後から、何かの機械音が聞こえた。

(ここから一番近い工場は・・ここだ!)

すぐさま歳三は勇の監禁場所を割り出し、彼の自宅近くにある廃工場へと向かった。

「勝っちゃん、何処だ、勝っちゃん!」

懐中電灯を照らしながら歳三が勇の姿を探していると、奥から血の臭いが漂ってきた。

「勝っちゃん・・」

奥の柱に、勇は血塗れのまま縛り付けられていた。

「待ってろ、今助け・・」
「ごめんな、トシ・・」

それが、親友が発した最期の言葉だった。
漆黒の闇に、歳三の慟哭がこだました。
勇の遺体を抱いた歳三は、近所の住民から通報を受けて駆け付けた警官が彼を勇の遺体から引き剥がそうとするまで、“彼”の元から離れようとしなかった。

「嫌だ、勝っちゃん、嫌だ~!」
「落ち着いて下さい、落ち着いて!」

目の前で親友が遺体袋に入れられ、救急車で搬送されてゆく姿を見た歳三は酷く取り乱し、彼が乗せられた救急車の後を追った。

「嫌だ、勝っちゃん、俺を置いて逝くな!」

降りしきる雨の中、血塗れのコートを着て夜の街を走っている歳三の姿を、道を歩く人々は怪訝そうな表情を浮かべていた。

―何あれ?
―ドラマの撮影?
―にしては血のりがリアル過ぎじゃない?

彼らは時折そんな事を言いながら、家路を急いでいた。
歳三はわき目も振らず夢中に走っていたので、突然車が猛スピードで突っ込んで来て、避けられなかった。

(勝っちゃん・・)

薄れゆく意識の中で、歳三は勇を呼び続けた。

「土方君、土方君!」

うるせぇ。

「土方君ったら、起きてよ!」

うるせぇ、俺は眠てぇんだ、寝かせろ。

「土方君~!」
「あ~うるせぇ!」

苛々しながら歳三が目を開けると、そこは病院のベッドの上だった。
起き上がろうとした彼だったが、足がギブスで固定されている事に気づいた。

「三日間、君は意識を失っていたんだよ。左足は複雑骨折、肋骨を三本骨折しているから、暫く入院が必要だね。」
「入院だと?悪ぃがおあれはそんな事をしている暇はねぇ!」
「土方君、いい加減にしたまえ!今回の事件で君が一番辛いのはわかるが、もう近藤さんは居ないんだ!」
「勝っちゃん・・」

歳三の頬から、一筋の涙がつぅっと静かに伝い落ちた。
何とか病院を大鳥が説得し、歳三は特別に病院から数日外泊許可を貰い、勇の告別式に参列した。

「トシさん、よく来てくれたね・・」
「ふでさん・・」
「勇はあんたが来るのを待っていたんだよ。さぁ、早くあの子に焼香しておやりよ。」
「はい・・」
「トシさん、疲れたろう。はい、お茶をどうぞ。」
「源さん、ありがとう。」

勇の告別式が終わり、歳三が火葬場のロビーの窓から裏庭の桜を見ていると、そこへ監察医の井上源三郎がやって来た。

「勝っちゃんの死因は?」
「トシさんの見立て通り、失血性ショック死だったよ。」
「そうか・・俺が駆け付けた時、勝っちゃんにはまだ意識があった。俺がもう少し勝っちゃんを助けてやれば、こんな事には・・」
「余り自分を責めては駄目だよ。それよりも、早く身体を治す事だけを考えて。」
「あぁ・・」
源さんからそう励まされ、慰められても、歳三の陰鬱な気分は晴れなかった。
「犯人の目星はついたのか?」
「いいや。だが、勇さんの爪の中から、犯人のものと思しき皮膚片が検出されたよ。それで、前科者のリストからDNAデータを検索したが、ヒットしなかった。」
「そうか。」
「現場周辺の防犯カメラの映像には、一人の少年と勇さんが話している姿が映っていたよ。」
源さんはそう言うと、タブレットに保存していある映像を歳三に見せた。
そこには、中学生と思しき少年が勇と何かを話した後、廃工場へと向かっていく姿が映っていた。
「こいつの身元をすぐに洗わねぇとな。」

そう言った歳三の瞳には、光が戻っていた。

少年の身元は、すぐに割れた。

彼の名は、桂小五郎。

父親を警察官僚に持つ、エリート進学校に通う優等生である。

彼は、あっさりと勇殺害を自供した。

「残念だね、刑事さん。僕はまだ少年法の庇護下にある。あなた達が僕をどんなに追い詰めようとも、僕はすぐに野に放たれる―“元少年A”としてね。」
「このガキ、ふざけやがって!」
「また会える日を、楽しみにしているよ。」

少年―桂小五郎は、そう言った後、歳三に薄ら笑いを浮かべていた。

「畜生、あのガキ、今度会ったらただじゃおかねぇ!」
「トシさん、今の法律では我々は彼に対してはどうする事も出来ないよ。」

歳三は親友を亡くした後、その悲しみを埋めるかのように仕事に精を出した。

そんな、暮れが押し迫ろうとしている師走のある日の事。

「待て!」

歳三は相棒の原田左之助と共に、スーパーでスナック菓子を窃盗した中学生を追っていた。

「待ちやがれ~!」

鬼のような形相を浮かべながら追ってくる歳三を見た中学生はパニックになり踏切の遮断機が下りている事を確認せずに線路の中に入ってしまった。
原田が緊急停止ボタンを押したが、間に合わなかった。

電車にはねられた中学生の少年は、即死だった。
“人殺し”
“早く辞めさせろ”

案の定、ネット上には歳三へのバッシングで溢れていた。

「何という事をしてくれたんだ!」
「・・申し訳ありません。」
「君は暫く自宅待機するように。」
「はい。」

歳三が溜息を吐きながら自分の私物を整理していると、そこへ原田がやって来た。

「大丈夫だ、あんたはすぐに戻れるさ。」
「あぁ。」
「人の噂は何とやら、だぜ。あんたが悪くないと、きっと周囲もわかってくれるさ。」
「そうしろ。あんたは毎日働き過ぎなんだから、ゆっくり休めよ。」
「わかった。」

私物を段ボール箱に詰め、歳三が職場から帰宅すると、そこへアパートの管理人が彼の元へと駆け寄って来た。

「土方さん、これさっき女の人があなたに渡してくれって・・」
「ありがとうございます。」

管理人から歳三が受け取ったものは、A4 の折り畳まれた一枚のコピー用紙だった。

“息子を返せ”

歳三がその紙を開くと、そこから赤インクのボールペンと思しきものでその言葉だけが書かれていた。

それを見た瞬間、歳三はこれを書いたのが誰なのかわかった。

あの中学生の母親だ。

やりきれない気持ちでエレベーターに乗って四階の部屋の前に着いた歳三は、家の鍵を取り出そうとした時、ドアノブに誰かの姿が映っている事に気づいた。

「息子を返せ、人殺し~!」

とっさの事で、反応するのが遅れた。

気が付くと、自分の腹に深々と果物ナイフが刺さっている事に気づいた。
何処からか女の甲高い悲鳴が聞こえた。
目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。

「土方君、気が付いたんだね。」
「大鳥さん・・」
「まだ動かない方がいい。君の右脇腹の傷はあと数センチずれていたら危なかったんだから。」
「そうか・・」
「いきなりですまないんだけれど、君の処分が決まったよ。」
「は?」
「君には捜査一課から外れて貰う。」
「それは、上層部の決定なのか?」
「うん、大方そうなるね。」
「じゃぁ、俺は・・」
「君は来月、警察学校の教官に・・」
「悪いが、ガキのお守りなんざごめんだぜ。」
「勿論、タダにとは言わないよ。」

大鳥はそう言うと、口端を歪めて笑った。
そんな時は、彼が何か良からぬ事を考えている時だと、歳三は長年の付き合いでわかった。

「土方君。」
「駄目だ。」
「まだ何も言っていないよ?」
「そう言っても却下だ、あんたの申し出は!」
「え~」

拗ねたようにそう言って唇を尖らせている男が、自分より年上だとは思えない歳三であった。

「ねぇ、だってさぁ、僕色々と君の黒歴史を消してあげたそうじゃない?」
「まぁ、そうだが・・」
「だから~、そろそろ僕の“お願い”、聞いてくれてもいいよねぇ~?」
「う・・」

さり気なく自分に圧を掛けて来る上司に、歳三は黙り込む事しか出来なかった。

「土方君なら~、僕の“お願い”・・」
「わかった、わかったから!」
「じゃぁ、早く退院してね!」
「あぁ・・」

二ヶ月後、歳三は退院した。

「土方君、こっちこっち~!」

そう言って嬉しそうに病院のロビーで手を振っていた大鳥は、何処か嬉しそうだった。

「さ、乗って!」
「あぁ・・」
「楽しみだなぁ~、スイーツビュッフェ!」

大鳥が運転する車で歳三が彼と共に向かったのは、高級ホテルのスイーツビュッフェだった。
そこには、当然といえば当然だが、大半が女性客で、男二人連れの彼らはかなり目立った。

「あ、インスタに上げようっと。」
「あんた、インスタやってるのかよ?」
「インスタやるのは性別関係ないよ~」

そう言いながら鞄の中から自撮り棒を取り出した大鳥は、スイーツを手に“盛れている写真”を撮っていた。

「ほ~ら、土方君も食べて!」
「俺は、いい・・」

(沢庵が食いてぇ・・)

大鳥にマドレーヌを口に突っ込まれている歳三の目は、まるで死んだ魚のような目をしていた。

「俺、トイレ・・」
「行ってらっしゃ~い!」

(ったく、こんな調子じゃ腹壊しそうだから、適当な理由をつけて帰るとするか。)

歳三がそんな事を思いながら男子トイレで手を洗っていると、廊下の方から何やら男女が言い争うような声が聞こえた。

「なぁ、いいだろう?俺らと一緒に遊ぼうぜ!」
「やめて下さい、離して!」
「そんなに嫌がるなよぉ。」

廊下に出ると、見るからにチンピラ風の二人組の男に一人が絡まれていた。
振袖姿の少女の様子から見て、彼女は誰かの結婚式に招かれてやって来たが、トイレの帰りに迷っている最中にあの男達に目をつけられた―大方そう言ったところだろうか。

「てめぇら、その汚ねぇ手をそいつから離しやがれ!」
「何だこの野郎、てめぇには関係ねぇだろ!」
「そうだ、引っ込んでいろ!」
「そういう訳にはいかねぇな。」

歳三は少女に“行け”と視線を送ると、彼女は歳三に一礼し、足早にそこから去っていった。

「てめぇ・・」
「お前らの相手は、この俺だ!二人纏めてかかって来やがれ!」

歳三はそう言うと、拳の骨を鳴らした。

「千鶴ちゃん、やっと来たわね!」
「ごめん、お千ちゃん、遅れて!」
「先生がいらっしゃる前に来てくれて良かったわ。」
「さっきトイレに行っていたら、その帰りに変な人に絡まれて、男の人に助けて貰ったの。」
「そうなの。じゃ、行きましょうか?」
「うん。」

振袖姿の少女―雪村千鶴は、親友の鈴鹿千と共に、会場へと入った。
そこには、「T高校同窓会」という表示があった。

「千鶴が警察学校に行くなんて意外~、てっきり腰掛けで就職するのかと思った~」
「本当~、千鶴は婦警になるよりも、花嫁修業して良い旦那さんつかまえる方が合うって~」
「はは、そうかな・・」

いつも自分を「格下」に見ていた派手グループの女子二人組から自分の将来の夢と進路を話し、それを馬鹿にされてもいつものように笑っていた。

「え、雪村っち、警察官になんの?」
「マジ、わ~、カッケェじゃん!あっしもさぁ、看護学校受かったから、絶対カッケェ看護師目指して頑張るし!」
「そうなんだ、お互い頑張ろうね。」
「え~、かずちゃん看護学校合格したんだ!」
「すご~い!」

普段話した事がないギャルカースト上位女子に千鶴が話しかけられているのが気に入らないのか、例の二人組がやって来た。

「つーか、さっきまで人の夢ディスッてた癖に急に態度変えるとかウザ!マジで消えてくんない?」
「良く言った~、かずちゃん!」

同窓会の後、あの二人組は何処へ消えていた。

大鳥からのスイーツ攻撃に耐えられず、適当な嘘を吐いてその場から何とか逃げ出し帰宅した歳三だったが、大鳥のラインが数秒おきに来た。

“ねぇ今どこ?”
“ねぇ?”
“一人にしないでよ”

内容はまるで、彼氏と一秒足りとも離れたくない彼女のようであった。

(気色悪い・・)

返信するのが面倒になった歳三は、スマホの電源を切ってそのまま寝た。

「おはよう、土方さん。」
「おはよう、左之。大鳥さんは?」
「あ~、あの人ならスイーツ食べ過ぎて下痢になったから休むってさ。」
「そうか・・」

翌朝、歳三が職場で原田とそんな話をしていると、そこへ何処か慌てた様子の青年が、歳三の元へと駆け寄って来た。

「トシさん、結婚するって本当?」
「は?何言ってんだ?俺ぁ結婚なんてしねぇぞ。」
「そうだよね、トシさんは僕と結婚するもんね!」
「いや、お前ぇとは結婚しねぇよ。」
「ひど~い!」
「八郎、そんな話どこから聞いた?」
「う~ん、そうだなぁ・・この前、おじさん達とゴルフ行った後、鉄板焼のお店に行って・・あ、今度トシさんも一緒に行こう!六本木にあるお店で・・」
「そのくだりは要らねぇから、俺の結婚話は何処から来たんだ?」
「実おじさんかなぁ・・あ、トシさんも知っているよね?実おじさん、彦次郎おじさんの三味線友達!実おじさんが、僕の従妹とトシさんを一回見合いさせたらどうかって話が出て・・」
「それで、今朝出勤した時やたら視線を感じたのか・・」
「あ、見合いの日は今週の日曜日だから!正午に椿山荘のカフェで!」
「おい待て、おあれはまだ行くとは言ってねぇぞ?」
「はいこれ従妹の釣書と写真。どう、美人でしょう?」
「俺は行くとは言ってねぇぞ。」
「そんな事言わないで、一度だけでも会ってみなよ。」
「人の話を聞け~!」

歳三の怒声が、警視庁にこだました。

「ったく、八郎の奴勝手な事を言いやがって・・」

昼休み、歳三が行きつけの定食屋でそう言いながら沢庵をかじっていると、そこへ白スーツ姿の金髪男がやって来た。

「久しいな、土方歳三。何だ、その顔は?」

「風間、てめぇここには何しに来やがった?」
「貴様、俺に何の断りもなしに捜査一課から外れるそうだな?」
金髪の男―風間千景は、そう言いながら歳三の隣に座った。
「日替わり定食、ひとつ。」
「あいよ!」
「珍しいな、お前ぇがこんな所に来るなんて。」
「庶民の味を、一度味わいたかったのだ。」
「そうかよ。それだけじゃないだろう、この店に来たのは。」
「お前の親友を殺した少年・・確か桂小五郎といったか。あいつは警察庁長官の親族だそうだ。」
「それは知ってる。」
「あの少年は、かなりの切れ者だ。またお前と対峙する日が来るかもしれん。その時、お前はどうする?」
「さぁな。」
「お前は良からぬ事を考えている時、眉間に皺を寄せる癖があるな。いいか土方、お前は警察官だ。その事を忘れるな。」
「わかってるさ、そんなこたぁ。」
「日替わり定食、お待ち!」
「美味そうだな、頂くとしよう。」
風間はそう言うと、海老フライに舌鼓を打った。
「支払いはカードで。」
「すいません、うちはこのカードは使えないんですよ。」
「何だと!?」
「風間、こんな所に居たのですか、探しましたよ。」
そう言いながら店に入って来たのは、風間の秘書兼保護者である天霧九寿だった。
「天霧・・」
「すいません、これで足りますか?」
「はい。」
「現金を必ず財布の中に入れておきなさいと、言ったでしょう。」
「すまん・・」
「さぁ、帰りますよ。」
「わかった。」
「お騒がせして、申し訳ありません。」
天霧はそう言って店の者に一礼すると、不貞腐れた顔をしている風間を連れて店から出て行った。
「トシさ~ん!」
「八郎・・」
「ねぇ、例の話、考えてくれた?」
「べ、別に・・」
「あのさぁ、今夜空いてる?」
「空いているが、それがどうかしたのか?」
「一緒に飲もうよ!」
「断る。どうせお前ぇ何かよからぬ事を考えて・・」
「え、断るの?じゃぁ、今度の人事について、パパと・・」
「だぁ~、行くよ、行けばいいんだろ!」
すぐに自分の階級が上である事をチラつかせるのは、八郎の悪い癖だった。
「今晩は~!」
「きゃぁっ、イケメン!」
八郎に半ば無理矢理連れて行かれた居酒屋には、有名私立女子大生のグループが座っていた。
(一緒に飲みに行こうってやけにしつこく誘って来るから変だと思ったら、合コンかよ!しかも一番面倒臭ぇやつ・・)
「あのう、皆さんお仕事なにされていらっしゃるんですか?」
「公務員だよ~」
「え~、そうなんですかぁ!てっきり一流企業のサラリーマンかと思っちゃった!」
「ね~!」
「あはは、そう思う?」
八郎はこういう場所に慣れているのか、女の子達が振って来る話を難なくあしらっていた。
「ねぇ、土方さんは今、お付き合いされている方とか、いらっしゃいます?」
「いいえ。」
「じゃぁ、好きな女性のタイプとかは?」
「おしとやかな、自己主張しない女が好きだな。そうだ、もし結婚するとしたら家事育児は全て嫁に任せて、実家に同居して貰う。」
「えぇ・・それはちょっと・・」
「ねぇ・・」
「ありえないっていうか・・」
案の定、歳三の言葉に女性陣はドン引きしていた。
その後、場は白けてしまい、女性陣は先に自分達の飲み代だけ払って出て行ってしまった。
「トシさんの馬鹿!」
「それはこっちの台詞だよ!もう俺は帰るぞ!」
「嫌だぁ~、これから二次会でカラオケするんだ!トシさんとピンクレディー全曲メドレー歌うんだ!」
「誰が歌うか!」
「伊庭さん、早く帰りましょう!」
「ビェェ~!」
居酒屋の前で散々ごねている八郎を何とかタクシーの後部座席に押し込め、歳三達はそのまま解散した。
翌朝、歳三は警察学校へと向かった。
「君が、土方君だね?色々と噂は聞いているよ。」
そう言って校内を案内してくれたのは、校長の久田だった。
「君の叔父様とは、良い飲み友達だから、色々と甥っ子である君の話は良くわたしの耳に入ってくるよ。」
「は、はぁ・・」
「君が大学時代まで剣道と柔道、合気道の名手として有名だった事も、射撃が下手でそれがコンプレックスだった事も知っているよ。」
「あの・・」
「まぁ、君が今回の事に不満を持っている事はわかる。しかし、君のような優秀な警察官から、色々と学べる生徒達がわたしには羨ましいよ。」
「そうですか・・」
「また、“同僚”としてお会いしましょう、楽しみにしていますよ。」
「はい・・」

(何だか、食えない人だな・・)

久田から校門の前で見送られるまで、歳三は完全に彼のペースに呑まれていた。

(俺、これからあそこでやっていけるのか?)

そんな不安を抱えながら、歳三は帰路に着いた。

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